ハシボソガラスの声の種類 身近なカラスのハシブトガラスとハシボソガラス、よく似た鳥です。区別のしかたは、「カアカア」と澄んだ声で鳴くハシブトガラス、「ガアガア」と濁った声で鳴くハシボソガラスというのいうのが簡単な方法です。 しかし、この2種類のカラスの声をよく聞いてみると、いろいろなことがわかり、また謎があります。 カラスはヒトの住む環境に多い、あるいはその近くで生息しています。それだけにヒトの活動の立てる騒音のなかにいます。また、警戒心が強いために双眼鏡で覗くことはもちろん、マイクを向けるとたちまち警戒態勢に入ります。そのため、なかなか思うように録音できない鳥です。とくに、ハシボソガラスは身を隠すところの少ない農耕地に多い上に、より警戒心が強く、手持ちの音源のサンプルも多くありません。しかし、観察記録を併せて、ハシボソガラスの声についての考証してみましょう。 まず、ハシボソガラスの声は、「ガアガア」というしゃがれたような濁った声であることはご存知のとおり。これ以外の声のバリエーションを聞くことは少ないうえに、なかなか録音できません。録音できず聞いた声では、子イヌのような「キャンキャン」という声があります。これは、夕方の散歩の時に、木の上から聞こえてきたのでイヌが木の上にいるはずがないと思い、姿を探したらハシボソガラスでした。 「ガアガア」系ではありますが、少しニュアンスの違う声で「ガルル」と鳴き続けていたことがありました。これは六義園で夕方、ねぐら入りをしているハシブトガラスといっしょにいた1羽が長く鳴き続けていたものです。木の高いところにとまり、10分以上は鳴き続けていました。この声に反応して応えるハシボソガラスはおらず、どうもハシボソガラスの群れからはぐれたものが、仲間を呼んでいたようです。心なしか頼りなさげに聞こえました。 では、この「ガアガア」のテンポによって、意味の違いがあるかもしれないと思い、手持ちの音源をいろいろ聞いてみました。たとえば、ねぐら立ちのときの声は、3秒間に3声(1声/sec)でした。おそらく、薄暗いなかを飛ぶために仲間同士、存在を確認するための合図の声で緊張感はあまりありません。 緊張感のある声では、ハシボソガラスの親子連れに群れにハシブトガラスが近づき、ハシボソガラスが警戒した時の声があります。このときの声が7秒間に6声(1.16声/sec)でした。かえって、間隔があいており、ねぐら立ちの声とあまり変わりがありません。 別の警戒の声では、私がその個体に近づいたために鳴いた声があります。これは、3秒間4声(0.75声/sec)でした。少しピッチが早くなっていますが、それほどでもありません。 どうも、これではテンポから意味合いを導き出すのは困難です。ただ、多摩川で春のうららかな日に録音したハシボソガラスの声は、いかにものんびりしたものでした。これは、1分30秒間に20声(4.5/sec)で、いかにも春うらら「のんびりしてるなあ」と思う鳴き方でした。 鳴く時の動作の意味 ハシボソガラスで面白いのは、「ガアガア」と鳴く時に行うお辞儀の動作です。濁った声にもかかわらず律儀にお辞儀をする行動は、見ていてちょっと滑稽です。でも、なぜこのような行動をするのでしょうか。このようなあまりにも身近な鳥の習性についての疑問は、意外と誰も調べていなし解答も見あたりません。そのため、勝手な解釈をしてみます。 このお辞儀の動作は、巣立った雛も行います。親鳥の前でお辞儀をしながら鳴いているのを見たことがあります。ただし、親鳥の動作に比べて頻度が早くぴょこぴょこという感じでした。 見ていると、このお辞儀をするように体を振る動作と鳴くタイミングは一致しています。見方によっては、鳴き声を出すために鳴いている、体を振り絞って鳴いているというようにも見えます。体を振ることによって、大きな声を出しより遠くまで聞こえさせていることになるのではないでしょうか。ハシボソガラスの濁った声はあまり響きがなく、遠くまで聞こえるとは思えません。そのため少しでも大きな声を出そうしているのではないかと考えることはできないでしょうか。 ただし、飛んでいる時に鳴く場合は、とまっている時のように体を振ることはできません。それでも、同じように鳴くのですから体を振り絞るといえないかもしれません。ただし、ときどき飛んでいる時も軽くお辞儀をしているのを見たことがありますので、多少可能性があります。 もう一つの可能性は、ハシボソガラスは地味な声なので派手なアクションを付けて自己アピールをより強くしているのではないかという推測です。ボーカルコミュニケーション・プラス・ボディランゲージでより意志の疎通を図っているのはないでしょうか。姿の見やすい環境で、目立つところにとまって鳴きながら体を振るのですから、よく目立ちます。存在のアピールになっていることは間違いありません。 あるいは、体を振ることで大きな声も出せるうえに、アクションも伴ってアピール度も増すという2つの役割があるのかもしれません。最後のところは、ハシボソガラスに聞いてみないとわかりません。 雛の声の謎 ハシボソガラスの雛はなんと鳴くのでしょう。巣にいる雛は、少しでも親鳥にアピールし食べ物をもらうために高い声で頻繁に鳴くのが普通です。たとえば、スズメもシジュウカラも雛の声で巣の在処がわかってしまいます。アカゲラの雛は、かなり離れていても巣の存在がばれてしまうほど大きな声で頻繁に鳴きます。ある意味、危険を冒してまで食べ物をもらわなくてはならない命をかけた発声です。 そうなると巣のなかでも雛は「ガアガア」と鳴くのか。それとも小さい時は、より親鳥の注意を引く「ピーピー」とでも鳴くのかというか知りたいものです。 私の活動範囲の東京ではハシボソガラスの巣は少ないので、日光で探しました。日光市街地のなかを通る国道の両側には、樹齢数100年を超えるスギの巨木の並木が続いています。この巨木には、ハシブトガラスとハシボソガラスが数10mおきに巣を作っています。しかし、巨木の高さは数10m、国道はたえず車が通るので観察はおろか録音はできません。 日光の市街地のすぐそばに小倉山があります。この一角に乗馬倶楽部があります。100m四方程度の牧場が隣接しています。この馬場と牧場のあいだに10本ほどのスギの木が並んで植えられています。このスギの木の東から2本目にハシボソガラスが巣を作ったことがあります。これは、チャンスと録音を試みました。 木の高さは、およそ12,3m、ビルの4,5階ほど。下に立ってみると、木の葉越しに巣材の一部が見えます。しかし、雛の声はもちろん、「カサッ」という音も聞こえません。遠くから見ていて親鳥が巣に何かを運んでいるのは見えていますから、雛がいることは間違いないと思うのですが静かなものです。 いずれにしてもマイクと録音機を下に置き、私は離れたところで様子を見るという録音方法で試してみることにしました。テープは90分、1時間半の余裕があります。しかし、このテープが回り終わるまでに親鳥は戻ってくることはありませんでした。また、テープには雛の声が入っておらず、失敗です。 翌日、よりマイクを巣に近づけることで雛の声を録ることを考えました。乗馬倶楽部の資材置き場から竹を借りて、それにマイクをくくりつけて少しでも巣の近くにやれば小さな雛の声も拾えるのではないか思ったからです。1本の竹の長さは4mほど、これでは短いのでもう1本をガムテープでつなぎ、8m程の長さにしました。これで、雛とマイクの距離は近づけます。マイクのコードは10mありますので余裕です。 このマイクの付いた竹をスギの木に立てかければそれでOKです。下の方をガムテープでしっかり留めて、また録音機を回し放しにして離れました。 しばらくして見ると、マイクの付いた竹は木から離れてぶらんぶらんとしなっています。そこから黒いマイクコードが垂れています。なんとも奇妙な風景ですが、これでは警戒して親鳥は巣にもどってくるはずはありません。 なんとか竹を木にくくりつける方法はないかと考えました。今度は、太めのビニール紐を借りてきて、竹にくくりつけたマイクの下から2本垂らし、それを木の回りを互い違いになるように回してくくりつけました。これで、竹が木から離れてることはありません。そして、また録音機を回して離れました。 離れて改めて巣のあるスギの木を見ると、1本の竹があり、その上にはウインドジャマーのふわふわの付いたマイクがついています。そして、竹は白いビニール紐でぐるぐる巻かれています。「これでは警戒心の強いハシボソガラスの親鳥が戻ってくるはずはない」と思い20分で止めました。当然のことながら、あえなく失敗。すごすごと後かたづけをいたしました。 ハシブトガラスでは雛への給餌が1〜2時間に1回ですからまず大丈夫と思いました。しかしこれ以上、関わりすぎて親鳥が警戒し巣を放棄しては可哀想です。ここであきらめました。ということで、巣の中の雛の声を録ることができませんでした。カラス仲間に聞いてもわからず、いったい雛はどのように鳴くのか今だ不明です。 幼鳥の声を録る 日光野鳥研究会の自然観察会が6月に中禅寺湖畔、阿世潟で開かれました。歌が浜からイタリア大使館、八丁出島、阿世潟というコースです。野鳥の最盛期だけにアカハラ、キビタキのさえずりがさかんに聞こえるなかの探索です。イタリア大使館の近くの林で、ハシボソガラスの幼鳥2羽を見つけました。まだ、尾が短く、巣立って間もない幼鳥です。さて、どう鳴くのだろうか見ているとなかなか鳴きません。 少しでも近づいてやろうと林のなかに入っていきました。さすがにハシボソガラス、警戒して飛び去ります。しかし、成鳥ほど遠くまで飛ぶことがなく、鳥との距離は10mほど。しかし、1羽がかなり遠くまで飛び、もう1羽が取り残されました。そうすると、遠くにいた1羽がまるで、取り残された1羽を呼ぶかのように鳴きました。 その声は、「ガア」です。すでに親鳥の同じような声で鳴いています。取り残された1羽もそれに応えるように同じ声で「ガア」と鳴きました。そして、2羽は鳴き合いながら林の奥に飛んでいき姿を消しました。 録音時間は34秒、バックではアカハラが軽やかに鳴いている中で8声が収録されていました。仲間たちはキビタキの声を見つけ姿を探すのにやっきになっていました。そのなか、ハシボソガラスを追いかける私の姿を不思議に思ったようです。 なんとか、これで幼鳥の声はわかりました。ハシブトガラスの幼鳥の声は甘えたような「ウンガー」と聞こえる声で成鳥とはまったく異なります。しかし、ハシボソガラスの場合、成鳥とそうかわらないのです。 この録音された幼鳥の声をよく聞いてみると、同じしゃがれ声ですが成鳥の声のような深みがありません。サビが効いていないというか、薄い感じがするのです。そこで、声紋で比べてみると、成鳥の声は1,200hzに基本の音があり9,000hzまで音が伸びています。それに対し、幼鳥の声は1,400hzに基本の音があり12,000hzまであります。幼鳥の声が、やや高い声なのです。そのために、深みのあるしゃがれ声に聞こえないのでしょう。この違い程度で、声をより遠くまで響かせ親鳥の喚起を呼び起こすことができるのかどうか疑問です。 こうして、ハシブトガラスとハシボソガラスの鳴き声を比べてみると、ハシブトガラスの鳴き声のほうがはるかにバリエーションがあり、それに対しハシボソガラスのほうは、今まで述べたとおりあまりありません。本来、森林に住んでいるハシブトガラスは、姿が見えないことが多いのでたえず鳴き声を出して、会話をしている必要があるのかもしれません。草原性で相手の姿が見える状況の多いハシボソガラスは、さほど複雑な声はいらないのかもしれません。 クルミを自動車にひかせて割って食べる行動をするほどの知恵者の鳥であるにかかわらず、語彙が少ないのハシボソガラス。カラスの世界では、頭の良さと言葉の多さは比例しないでしょうか。それとも、頭の良い生き物だけに言葉を使わなくても意志の疎通ができているのでしょうか。 なにはともあれ、ハシボソガラスの鳴き声ひとつをとってみても、まだわからないことがたくさんあります。身近な鳥の素朴な疑問、皆さんも挑戦してみてはいかがでしょうか。[2005年4月1日・起稿] |
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