古い本を見ると”相鳴鳥”という言葉が出てきます。なかなか趣のある鳥の名前です。昔の日本人が鳥に寄せた思いを感じることができます。相鳴きは、鳥の雄と雌が鳴き合うという意味からの命名で、トラツグミのことという説があります(細野善?・1964)。以前からこのことが気になって頭の隅にひっかかっていました。というのは、相鳴鳥という語感の良さに引かれたこともありますが、本当に鳴き合うのか、鳴き合っているのはなわばりを主張しあう雄同志なのか、それとも雌雄のデュエットなのか、いろいろな疑問が湧いてくるからです。 野鳥の声の研究家である川村多実二(1963)は「この鳥(トラツグミ)は地方によりヒーより少し低音のヒョーと鳴く場合があり、鳥学者の間でも雄がヒー、雌がヒョーと鳴くのだろうと考える人があったが、これは誤りで、筆者は十数年前岡山県の東北隅に在る標高1,300m(県内最高)の後山で夜半寺の窓の直下に来て明瞭にヒーとヒューを交互に続けて鳴くのを多くの同行者と共に聴いた経験がある。」と書いています。わざわざ”聞いた”を”聴いた”と表記する熱の入れようです。この記録からは、明確に1羽鳴いているということになります。 このことを、なんとか私自身の耳で確かめたいと思っても、なかなかトラツグミの声を聞く機会があまりません。近年、この鳥の数が減ってしまったこと、日が沈み夕闇が迫るととともにビールが恋しくなってフィールドから引き上げてしまうと言う、鳥と私の都合が合わないことからです。私自身、トラツグミの声を聞いたことは、数えるほどしかありません。まして、野鳥の声に関心を持つようになってからは3回。そのうち録音のチャンスがあったのは、わずか2回しかないのです。このようなわずかなサンプル数のなかで、この問題を語るのはやや危険ではありますが、これを機会にトラツグミのさえずりに関心を持っていただき謎の解明に役立てばと思い起稿しました。 トラツグミのさえずりパターン たしかにトラツグミの声には、「ピュー」あるいは「ヒュー」という低めの声と、より高い「チーン」あるいは「チリーン」と聞こえる声の2種類があります。そして、なかには、この2種類の声で交互に鳴いているものがあります。 声紋を見ると低めの「ヒュー」がだいたい1800〜2000Hzに音の中心があり、いつくかのサンプルを見るかぎり、だいたいこの音域にとどまっています。しかし、高めの「チーン」は低いもので2,100〜2,300Hz、あるいは3,000Hz、もっとも高いものでは4,000Hzを超えているものもあり、いろいろあることがわかります。ただし、同じ個体では同じ音域で鳴き、音程は変わりません。 声紋では、「ヒュー」も「チーン」も抑揚がなく1本の筋がまっすぐに伸びているパターンであることに変わりありません。長さは、「ヒュー」が約0.7秒、「チーン」が約1秒で、高い音のほうがやや長い声です。 たとえば『野鳥大鑑』には蒲谷先生が録音された2件のトラツグミのさえずりが収録されています。1番目は、1959年7月25日に北海道川湯で録音したもので、「チーン」と1回鳴いたあと「ヒュー」と1回鳴き、その後「チーン」3回を繰り返しています。コメントの「録音について」で『遠くでは「チィーン」という高い声に聞こえる。2羽が鳴き交わしているようだ』とコメントされています。2番目は1979年4月20日同じく北海道野幌で録音、これは「チーン」ばかり6回繰り返して鳴いているものです。 『野鳥の声283』(上田秀雄・1998)では、年号不明で6月の3時に北海道根室市で録音したというもので、「ヒュー」と4回鳴いた後、「チーン」が1回、そして「ヒュー」と1回鳴いています。聞きようによっては、「チーン」がやや遠いように聞こえますが、さほど鳴いている場所が異なるようには聞こえません。 私が録音したものでは、栃木県日光市野州原林道で昼間に鳴いているのを録音したことがあります。晴天で、こんな明るいなかでも鳴くのかと驚いたほどです。これは、低めの「ヒュー」を何度も繰り返すもので、時々入るウグイスのさえずりがトラツグミらしくない雰囲気です。 2つの声は鳴き合っているのか これらの音源からは、2種類の声で鳴き合っている場合、どちらかの声が遠く聞こえる感じがあります。ということは、川村説は間違っているのでしょうか。 録音仲間のTさんから「山梨県山中湖でトラツグミの声が録れた。それもステレオで録音できたので、鳴き合っているかわかる」と、息せきって情報がもたらされました。聴かせてもらった音源は約1分。まず、低い音があってつぎに高い声が聞こえます。高い声は今までのサンプルのなかではもっとも高く4,000Hzありました。そして、低い声が3声、高い声1声、低い声が7声連続しているというものです。そして、高い声は音量が低く少なくとも遠くで鳴いているように聞こえます。また、左右のチャンネルの音の強さを比較してみると、低い音は左のチャンネルが強く、高い音が右のチャンネルが強いことがわかりました。ということは、左右で2羽鳴いていると言うことになります。この波形のパターンは『野鳥を録る』の211ページ、写真6-7に紹介しています。 これで、問題はひとつ解決。トラツグミは鳴き合うので相鳴鳥に間違いない、川村多実二先生は間違っていた、次はこれが雌雄で鳴いているのか検討すればよいと思って、ほっといたしました。しかし、これもつかの間、新たな音源によって振り出しに戻されたのです。 1羽で鳴く音源 2004年6月14日、日光霧降別荘地にあるペンション「トロールの森」に泊まった時のことです。打ち合わせが飲み会となり、夜も遅くなりました。気がつくと12時近く、そろそろ寝ようかと部屋に戻るとトラツグミの声が聞こえます。隣の部屋のTさんも気がついて、窓から顔を出して耳をそばだてています。翌日はかなりハードな山歩きが待っているので少しでも寝たいと思い、私はマイクを窓の外に出して録音機を回したまま寝ることにしました。かすかに聞こえるトラツグミの声を子守歌に眠りにつくなんて、なんと贅沢なことでしょう。 翌日、この録音を聞きました。わくわくどきどきの瞬間です。録音は、日付が変わり16日12時06分から始まっています。終了時間は、約90分後の1時38分。なんとこの間、トラツグミはとぎれることなく鳴き続けていることがわかりました。最後は、ホトトギスとの合唱で終わっていました。ということは、少なくとも1時間半鳴き続け、実際はもっと長く鳴いていた可能性があります。 声が遠くなり近くなりしているので、移動をしながらさえずっていることがわかります。問題の低音と高音については、すべての時間で2つの音を交互に繰り返して鳴いているのです。そして、2つの音が移動してる感じは同じです。ステレオ録音ですから、同じ方向から聞こえていることがわかります(本文最後に一部を聞くことができるようにしています)。 私が寝る前にしばらく聞いていた感じと、私より長く聞いていたTさんの感想では、2つの声は同じ方向から聞こえてくること、そして移動のタイミングも同じであるということ。また、2つの声が交互に聞こえるタイミングがほとんど変わりません。もし、2羽鳴き合っているのであれば、ときにはずれることがあっても良いはずです。ということは、現場での印象、音源を聞くかぎり同一個体が2つの声を出しているということになります。 なんと川村説は、正しかったことになります。 ただ、ここで過去の記録を整理してみると、高音と低音を不規則に繰り返しているものは2つの音の発信源が違うように聞こえ、交互に同じテンポで繰り返しているものは同じに聞こえるという共通項が浮き上がってこないでしょうか。川村先生がお聴きになったものも「交互に鳴く」と書かれていることから、その可能性があります。 ここで早急に結論を出すのは、あまりにも危険がありますので、ここで留めておきます。今後、トラツグミのさえずりを聞いたら、このポイントをご確認いただきたいと思います。そして、少しでもサンプルを収集することによって、問題解決の道が探れれば幸いです。[2005年1月13日・起稿]
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