オオカワラヒワのさえずり−亜種カワラヒワと区別できるか?





カワラヒワの亜種
 ちょっと古いバードウォッチャーならば、カワラヒワの和名はコカワラヒワと教わったことと思います。『日本産鳥類目録 5版』(日本鳥学会・1958)までは亜種単位の記載で、日本産のカワラヒワはオオカワラヒワ、コカワラヒワ、カラフトカラワラヒワなど6亜種が書かれています。このときは種名の記述がないので、コカワラヒワが和名として通用していました。そして、『日本産鳥類目録 5版』(日本鳥学会・1974)では、種名をカワラヒワとし、コカワラヒワ、オオカワラヒワ、オガサワラカワラヒワの3亜種。おかげで、亜種のなかに種名と同じものがいないという、ねじれ現象のある唯一の種として26年間、不遇の時を過ごします。そして、最新の『日本産鳥類目録6版』(日本鳥学会・2000)では種名をカワラヒワとし、カワラヒワ、オオカワラヒワ、オガサワラカワラヒワの3亜種と記載されました。これで、やっと種名とおなじ亜種名を持つ亜種がいることになったのです。
 普通、一般的な亜種名を簡単にして種名として決めて、大きいとダイやオオ、小さいとコ、あるいは地名や人名などを付けて亜種名が付けられています。ですから、種名イコール亜種名の亜種がいて、基本的には多く見られる亜種ということでわかりやすいのです。ところが2000年に種名と亜種名やっと同じになるまでは、カワラヒワは亜種名のなかに種名と同じものがなく、厳密に書くとコカワラヒワ、でもめんどくさいからカワラヒワとも表記されたりして、ときどき混乱していました。

オオカワラヒワの初出
 なぜカワラヒワがこのようになったのかは、わかりません。しかし、面白いのは亜種のオオカワラヒワの学名はCarduelis sinica kawarahibaで、和名が盛り込まれていることです。このオオカワラヒワの学名がはじめて記載されたのは、19世紀に発行された”Siebold's Fauna Japonica Aves”という大図鑑です(Temmnick & Schlegei・1850)。この学名の命名者はテンミックで、シーボルトが日本で採集した標本とメモをもとに銘々したものとされています。初心者の方にカワラヒワという名前を教え、メモを見ると「カワラヒバ」と書いていたことが何度かありました。どうも、シーボルトも同じように聞いてしまったようです。
 この大図鑑には、Fringilla kawarahiba(オオカワラヒワ・上部掲載の図版)とFringilla kawarahiba minor(コカワラヒワ)が載っています。ようするに、オオカワラヒワが基亜種で、コカワラヒワすなわち今の亜種カワラヒワがいるとという位置づけです。どうもコカワラヒワという名称に長年こだわったのは、このあたりにありそうです。
 さて、シーボルトが日本で採集し、日本のカワラヒワの基亜種として発表したのがオオカワラヒワ。基亜種は、通常普通種を当てます。より分布が広く数が多い亜種です。ですから、当時はコカワラヒワよりオオカワラヒワの方が数が多かった、少なくとも希な鳥ではなかったものと考えられます。でも、オオカワラヒワを見たことがありますか、オオカワラヒワの声を聞いたことあるでしょうか?

飛島での観察
 1998年5月13-14日と、蒲谷鶴彦先生に同行して山形県飛島を訪れたことがあります。これは、『日本野鳥大鑑鳴き声333』の改訂に伴い取材をかねて、小学館のAさんと編集プロダクションのMさんも同行しました。14日午前中、一同は島を一週。開けた草原のような環境で車を止めました。このとき、灌木の上で1羽のカワラヒワが鳴いていました。そして、Aさんが「いつも聞いているカワラヒワの声とは違う」と言い出しました。私は、ムギマキとかヤツガシラの情報があったのでそっちのほうが気になり、カワラヒワ如きで足止めされて気がせいていました。でも、Aさんに言われて改めて聞くといつもの「キリキリコロコロ」という声とは違う印象があります。そして、そのうちに「ビーン」とさえずり始めたのですが、それが「ビーン」ではなく「チュィーン」と聞こえるのです。どちらかと言うとマヒワの声に似ています。
 蒲谷先生がお持ちになった望遠鏡で確認すると、いつも見ているカワラヒワに比べて大きな感じがします。このころ『山溪ハンディ図鑑7 日本の野鳥』(叶内拓哉、他・1998)が出版されました。この図鑑には、オオカワラヒワの写真が載っています。写真は、翼の3列風切羽がかなり白く写っています(”Siebold's Fauna Japonica Aves”には、この特徴を描き分けてある)。目の前にいる変わった鳴き方をするカワラヒワも、同じように翼が白っぽく見えます。どうも、この鳥はオオカワラヒワではないかということになりました。
 オオカワラヒワは、千島やカムチャッカ、サハリンで繁殖する亜種で、日本列島には冬鳥として渡来すると言われています。今まで、カワラヒワを見たら”亜種カワラヒワ”と思っていたのですから、オオカワラヒワがどのような姿形をしているのかなど気にしたことはありません。残念ながら、録音の準備をしているうちにくだんのオオカワラヒワは、飛び去ってしまい声を録ることはできませんでした。
 じつはこの日の早朝、私はカワラヒワの声を録音していました。宿から登った丘の上のマツ林で鳴いていたものです。しかし、改めてその音源を聞いてみるといつものカワラヒワのさえずりで「ビーン」と聞こえます。どうも、このシーズンは飛島にはオオカワラヒワと亜種カワラヒワの両方がいるようです。面白いのは、亜種カワラヒワの「ビーン」はアトリのさえずり、亜種オオカワラヒワはマヒワに似ているというアトリ科の近似種に声も似ていることです。

オオカワラヒワを探そう
 これ以来、カワラヒワのさえずりが聞こえると気にしていたのですが、オオカワラヒワと思われる声をなかなか聞くことができません。ただ一度、1999年11月28日、イラストレイターのSさんに誘われて恩賜浜離宮公園に放鷹の実演を見学に行った時のことです。せっかく来たのだから園内をバードウォッチングしようと一回りした時、「チュィーン」という声が聞こえました。サクラの混んだ枝のなかで鳴いているので、姿が見えません。そして、飛び立つとたしかにカワラヒワのシルエットです。この後も追いかけたのですが、姿をしっかりと見て確認することはできず涙を飲みました。
 今年(2004年)、蒲谷コレクションのデジタル化をお手伝いしました。数千本に及ぶオープンリールのテープをCD-Rに焼くという作業です。この作業中、ときどき『野鳥大鑑』に収録し損なった音源が発掘されます。そんなひとつに、オオカワラヒワもありました。1970年代に録音されたもので、今となってはどのような識別ポイントでオオカワラヒワとしたのか蒲谷先生も記憶がありません。そして、二人で恐る恐る聞いてみると飛島で聞いたものと同じように「チュィーン」と鳴いています。これで『日本野鳥大鑑増補版鳴き声420』は430くらいになりました。
 種としてのカワラヒワの分布は、中国から日本を中心とした東アジアに限られています。ですから、ロシアや東南アジアのCDやCD-ROMには、カワラヒワの声は収録されていません。そのため、オオカワラヒワの鳴き声をさまざまな角度から確認することができていません。オオカワラヒワが「チュィーン」とさえずるという確かな記録は、飛島の観察記録と蒲谷コレクションの音源の2例のみ。オオカワラヒワが、皆このようにさえずるかは断定できません。あるいは、亜種カワラヒワが「チュィーン」とさえずらないともいえません。
 オオカワラヒワと亜種カワラヒワをさえずりによって区別することができるのかは、さらに多くのサンプルが必要です。皆さまも、これからカワラヒワだと思って気を抜かずしっかりと観察してみてはいかがでしょうか。
[2004年11月16日・起稿]