メボソムシクイ(Phylloscopus borearlis)は、四国や本州では高い山地に夏鳥として渡来し繁殖している。これら生息地では、ごくふつうに見られ「銭取り銭取り」と聞こえるさえずりで親しまれている。なお、北海道では低山でも生息しているが、本州と比較して数は少ない。これとは別に、日本より北で繁殖し日本列島を通過する別亜種がいるとされている。 たとえば「フィールドガイド 日本の野鳥」(高野他,1989)には「コメボソムシクイはジジロジジロとさえずる。(中略)5月下旬〜6月上旬に平地の林で、コメボソムシクイのさえずりを聞くことがよくある」と書かれており、通過する亜種はコメボソムシクイ(P.b.borearlis)と思われている。 筆者が野鳥の記録を収集している東京都文京区六義園では、5月25日〜6月5日の短期間に「ジジロ、ジジロ」ないし「チチロ、チチロ」とさえずるものが観察されている(松田 1995)。これらのことから筆者が解説を書いた蒲谷鶴彦氏との共著『日本野鳥大鑑増補版鳴き声420』(蒲谷・松田, 2001)においても「フィールドガイド 日本の野鳥」の記述に準じた表現をした。 このたび、浜口哲一氏より日本野鳥の会神奈川支部会員の堀田修史氏が2002年6月4日に神奈川県南足柄市で収録された音源の鳥が、コメボソムシクイであるのかの同定の依頼とともに「野鳥大鑑」の蒲谷鶴彦氏の解説文の「コメボソムシクイは、はるかに甲高い透き通った鳴き声だった」という記述と合致しないむねの問い合わせがあった。 また、筆者が2001年6月下旬に訪れた千島列島において収録したものは、日本列島を通過していくものと同様に「ジジロ、ジジロ」であり、カムチャッカ半島南部で聞いたものも同様であった。しかし、千島列島にはコメボソムシクイが分布していないとされているために疑問に思っていた。 本報は、「野鳥大鑑」の筆者の一人として記載をより正確なものにしたいと思い、メボソムシクイの亜種のさえずりについての検討をおこなったものである。 メボソムシクイの亜種 メボソムシクイ(P. borearlis)の亜種は、最近の記載では基亜種のコメボソムシクイ(P.b.borearlis)、日本周辺の亜種メボソムシクイ(P.b.xanthodryas)、アラスカにいるアメリカコムシクイ(P.b.kennicotti)の3亜種に分類されている(Kevin Baker 1997)。「日本鳥類目録 改訂第6版」においても、日本産の亜種としてコメボソムシクイとメボソムシクイの2亜種が記載されている。 これらの亜種の分布は、コメボソムシクイは、北ユーラシアのスカンジナビア半島の付け根からベーリングまでの東西に広く生息し、亜種メボソムシクイは北満州、オホーツク海沿岸、カムチャッカ、サハリン、千島列島、日本。アメリカコムシクイは、西アラスカとなっている。なお、越冬地は、これらの亜種すべてが東南アジアである。 しかし、古典的な図鑑には、これ以外の亜種が記載されている。山階(1941)や清棲(1965)には、オオムシクイ(P.b.examinandus)が記載され、この亜種は「A Hand-List of the Japanese Birds 改訂第4版」(日本鳥学会 1958)までは、メボソムシクイの日本産亜種のひとつして記載されていた。 また、第5の亜種として、亜種和名のないP. b. hylebataが、Birds of the Soviet Union Vol.6 (G.P.Dement'ev 他 1954)に記載されている。 山階(1941)では、亜種メボソムシクイはチーホイ島以南の千島、本州。なお、この項に「北海道にて採集せらるるものの中に、コメボソムシクイ(コムシクイ P.b.borearlisと記載)との中間のものが少なくない」という記述もある。コメボソムシクイ(コムシクイと記載)は、細かい地名が記載されているものの北ユーラシア。そして、「サハリンに繁殖するものは確かにこの亜種である」とある。そして、北海道、千島、本州、九州などを通過と記載されている。オオムシクイは、カムチャッカ半島、北千島で繁殖。渡り途中に、北海道、本州(東京)、大東島を通過となっている。 Birds of the Soviet Union(1954)では、亜種メボソムシクイは日本中部以北から北海道、千島。オオムシクイは北千島、カムチャッカ半島。和名のない亜種のP. b. hylebataが、サハリン、沿海州、バイカルあたりまで。コメボソムシクイがユーラシア北部である。 清棲(1965)では、亜種メボソムシクイは九州、本州、北海道で、北海道における繁殖は未確認。国外は、中部から北千島、朝鮮で繁殖となっている。オオムシクイは、旅鳥として本州、北海道などを通過。カムチャッカ、北千島、中部千島、サハリン、オホーツク海沿岸で繁殖。コメボソムシクイ(コムシクイという亜種名で記載されている)は、旅鳥として北海道、本州、九州などを通過。ユーラシア大陸の北部(細かい地名が羅列されている)に広く繁殖しているとある。 このように、コメボソムシクイの記載は安定して書かれているものの、亜種メボソムシクイとオオムシクイ、さらにP. b. hylebataについては、見解に相違があり、多少の混乱があることがうかがえる。 さえずりの比較 これらの亜種の存在をふまえて、販売されているCD、個人が収録した音源、蒲谷鶴彦氏のコレクションより、さえずりの比較をおこなった。 北ユーラシアに分布する基亜種のコメボソムシクイ(P.b.borearlis)のさえずりは、「チョリチョリチョリ・・・」あるいはやや濁って「ジュリジュリジュリ・・・」と聞こえ、1回のさえずりが3〜3.5秒で長いこと、この内1秒間に9〜10音あり、抑揚がなく一本調子であること、小さい声からだんだん大きくなりぴったととまるなどの特徴があり、他の亜種と明確に区別ができることがわかった。 これらは、ヨーロッパのCD(収録場所、年月日不明)、ロシアのCD(バイカル、1987 年6月2日収録)、蒲谷コレクション(バイカル、1977年6月9日収録)における共通の特徴であった。浜口氏の指摘による蒲谷氏の記述の差違は、蒲谷氏がバイカルで聞いたコメボソムシクイの印象を「野鳥大鑑」に記述したことによる。 なお、越冬地である東南アジアの鳥の声を収録したCD-ROMに入っているものもコメボソムシクイのさえずりであった。なお、収録地はタイのBan Tieoで1988年4月28日収録となっている。 亜種メボソムシクイのさえずりは「ジュリリ、ジュリリ」「銭取り、銭取り」と聞こえるもので、1回のさえずり2〜2.5秒、この内1秒間に5〜6回音あり、抑揚がある。声紋では「ジュリリ」の「リ」の部分に”ん”字のようなパターンが出る。 アメリカコムシクイのさえずりは、「チョリチョリチョリ・・・」と聞こえ、一本調子、長い節、1秒間に8音と、コメボソムシクイに似ている。しかし、声紋を見ると亜種メボソムシクイと同じように”ん”字のパターンがはっきりと出ている。ただし、アラスカのCDの1件しかサンプルがなく、収録地、収録年月日の記述もなく、これが平均的なものかどうかは不明である。 問題の日本を春に通過していく今までコメボソムシクイとされていた「ジジロ」「チチロ」と聞こえる音源を検討する。 浜口哲一氏から同定の依頼を受けた神奈川県で録音されたもの。北海道美唄市在住の田辺至氏が北海道美唄市と支笏湖畔で録音したもの。このほか「野鳥大鑑420」や「野鳥の声283」に収録されているコメボソムシクイとされているものである。これに加え、筆者が、千島列島のウルップ島(南千島)とマツエ島(北千島)で録音したものについて、比較してみた。 これらの声は、1回のさえずりが2〜2.5秒で短いこと、さえずりの内1秒間に7〜8音あること、亜種メボソムシクイより抑揚があり「ジジロ」の「ロ」の部分が低く、声紋では”ん”字型のパターンがでるのが共通の特徴であった。 ヨーロッパのCDに収録されているコメボソムシクイのさえずりとは、声の印象も声紋によるのパターンも異なる。これらの比較から日本を5月下旬から6月上旬にかけて通過し「ジジロ、ジジロ」とさえずるメボソムシクイの亜種は、コメボソムシクイとは思えない。また、声紋だけでなく、多くの観察者が声を聞き分けていることからも明らかなように、本州や四国で繁殖している亜種メボソムシクイともさえずりが異なっている。 さらに、「ジジロ、ジジロ」と鳴く個体は日本列島を通過しているだけではなく、北海道で聞くと釧路市在住の日高哲二、音源を提供してただいた田辺至の両氏から報告を受けている。また、カメラマンの中野泰敬氏は、岩手県八幡平では「ジジロ」と鳴いており、メボソムシクイの声を流したが反応しなかったという(いずれも私信)。 以上のように、「ジジロ、ジジロ」と鳴く個体は、北日本で繁殖の可能性のある個体、サハリン、千島の個体とさえずりが似ており、独立した亜種を形成している可能性もある。 立教大学の斎藤武馬氏は、各地で収集したメボソムシクイの血液からDNAの解析を行い、4つのグループに分けられること。従来いわれている分布と違いがあること(齋藤他、2002)。兵庫県在住の黒田治男氏は、これらの亜種の違いを声紋により比較するなど両氏で共同で研究を行い、メボソムシクイの亜種問題に取り組んでいる(黒田他、2002)。こうした多面的な研究から、メボソムシクイの分類が明らかになっていくことを期待したい。 行動の差違 つぎに、該当亜種が生息すると思われる千島列島とカムチャッカ半島における生息状況と日本の亜種との差違を述べておこう。 千島列島の島々では森林と呼べるような植生は国後島程度で、多くは丈の低い灌木が密生していたり、草原に灌木が点在している程度である。あるいは、裸地や岩礁で植生がほとんどない小島が多い。そのため、メボソムシクイは、灌木などの植生があれば海岸付近でも生息し、個体数も多く繁栄している印象があった。たとえば、島ではウルップ島、マツエ島、オネコタン島に多く、国後島、択捉島、Paramushir島などでは確認できなかった。 また、オネコタン島では谷間で風を避ける多数のメボソムシクイと思われる個体を観察し、同日には船内で死体が発見されるなど、この時点で渡り途中である個体が多くいるという印象を受けた(6月下旬で渡り途中ということは、北海道における6月の記録を繁殖地に到着したものと判断してよいかの懸念もある)。 さらに、カムチャッカ半島は、千島に比較して森林が多く高木も少なくない。そのため、メボソムシクイはこれらの林内から海岸付近の灌木まで、ごくふつうに見られよくさえずり、千島以上に繁栄しているという印象をえた。訪れた地名はVestnik湾、ガイザー渓谷などである。 習性は、日本のメボソムシクイと同様に樹木の枝先にとまって鳴くこともあり、姿を見る機会も少なくない。さえずりながらさかんに移動し活動が活発な印象も日本のものとの違いはあまりなかった。しかし、日本のものが樹木を時計に例えるならば9-10時や2-3時付近の中部から上部の枝先にとまる傾向が多いのに対し、7-8時や4-5時付近と下部の枝先にとまる傾向が多いという違いがあった。 これは、渡り途中の六義園での観察の印象と同様で、亜種メボソムシクイが上部にとまるために茂った林内では姿が見にくいのに対し、「ジジロ」と鳴く個体は比較して姿が見やすい印象がある。これは、樹木の下部にとまるためであると思われる。 亜種メボソムシクイと「ジジロ」とさえずる個体とは、鳴き声による違いと行動の違いが見て取れる。今後、野外識別において、これらを参考にして観察し資料を収集することにより、メボソムシクイの亜種についての課題の解明に役立て、今後の研究の一助になれば幸いである。 謝辞 本文執筆にあたり、野鳥の声の第一人者である蒲谷鶴彦氏より音源の提供ならびにご指導をいただいた。さらに、黒田治男、斎藤武馬、田辺至、中野泰敬、日高哲二、堀田修史の各氏から貴重な情報の提供をいただいた。加えて、本文発表の機会を与えていただき指導をいただいた浜口哲一氏にお礼申し上げる。 引用文献 山階芳麿,1941.日本の鳥類と其生態.第2巻,1080pp,岩波書店,東京. G.P.Dement'ev 他,1954.Birds of the Soviet Union Vol.6.878pp,Nauka,(復刻1968 イスラエル) 日本鳥学会,1958.A Hand-List of the Japanese Birds改訂第4版.264pp,日本鳥学会,東京. 清棲幸保,1965.日本鳥類大図鑑第1巻.678pp,講談社,東京. 高野伸二他,1982.フィールドガイド日本の野鳥.342pp,日本野鳥の会,東京. Kevin Baker ,1997.Warblers of Europe,Asia and North Africa.400pp,Helm,London. 松田道生,1995.六義園の野鳥.180pp,自費出版. 日本鳥学会,2000.日本鳥類目録.改訂第6版.345pp,日本鳥学会,帯広市. 黒田治男,齋藤武馬,上田恵介,2002.ジジロ鳴きのコメボソムシクイの正体は?.日本鳥学会2002年度大会講演要旨集,65p,日本鳥学会,東京. 齋藤武馬,西海 功,上田恵介,2002.亜種〜種レベルの遺伝的変異をもつメボソムシクイグループの生物地理.日本鳥学会2002年度大会講演要旨集,123p,日本鳥学会,東京. 引用CD,CD-ROM,カセットテープ Mild, Krister,1987.Soviet Bird Songs.Stockholm. Roche, Jean C.,1990.ヨーロッパの野鳥大全集.日本コロンビア,東京. 上田秀雄,1998.野鳥の声283 3巻.山と渓谷社,東京. Peyton, Leonard J.,1999 .Bird Songs of Alaska.Cornell Laboratory of Ornithology Ithaca. Scharringa, Jelle.,1999.Birds of Tropical Asia.Bird Songs International B.V. Weaternieland. 蒲谷鶴彦、松田道生,2001.日本野鳥大鑑増補版鳴き声420.小学館,東京.
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千島のオオムシクイと思われる声紋 収録日:2001年6月23日 収録場所:ロシア・千島列島マツエ島 |