鳥声鳥語

蒲谷鶴彦・伝
日光と東京のシジュウカラ
「ジジロ、ジジロ」と鳴く鳥についての検討
オオカワラヒワのさえずり
相鳴鳥の謎−トラツグミは鳴き合うか
ハシボソガラス−バリエーションがない不思議−
アオジとクロジ−地鳴きで区別できるか
鳥の声が聞こえない!

蒲谷鶴彦・伝
ゼンマイ仕掛けの
テープレコーダーに始まり
録音した世界の鳥の声1000種
[この原稿は今は無き雑誌「シンラ」に掲載されたものです]

膨大なテープの
コレクションと先生

「野鳥の声の収録は、蒲谷兄弟でした。」
 昭和30年代の文化放送『朝の小鳥』の終わりのナレーションである。古くから野鳥を楽しんでいるバードウォッチングのベテランならば、きっと早起きをして何度も聞いたことのある番組だ。当時、もちろんCDはなく、レコードが貴重だった時代に、毎日鳥の声を流してくれる貴重な番組だった。この放送から名前のわからなかった野鳥の声がわかって感激したバードウォッチャーも少なくない。
 『朝の小鳥』は、昭和28年から放送され、昭和57年5月14日に10,000回となった。ここ数年は、毎週日曜日のみの放送となったが13,000回を越えている超長寿番組である(注1)。放送開始当時は、前述のように蒲谷鶴彦、芳比古の兄弟で行っていたが、途中から鶴彦のみとなった。
 蒲谷の業績は、この『朝の小鳥』ばかりではない。もし手元に鳥の声のレコードやCDがあったら、音源の出所を見て欲しい。日本の野鳥の声の多くが、この蒲谷かNHKサービスセンターとなっているはずである。個人では、蒲谷の名前がいちばん多い。そして、収録者の名前がないものの昭和29年から28年にかけて、日本で始めての鳥のレコードをビクターレコードから『野鳥の声 全3巻』を出している。まさに、日本の野鳥の声の録音の創始者であり第一人者なのである。
 蒲谷の録音は、1951年7月19日の東京都御岳山の「ブッポウソウ」と鳴くコノハズクに始まって、北は北海道から沖縄石垣島まで。さらには海外におよび、その声の種類は1,000種類を越え、テープは10,000本にもおよぶという。
 昨年、還暦を機にコレクションの集大成ともいえる『日本野鳥大鑑鳴き声333』上下巻(注2)が小学館より発行された。さえずりから地鳴き、亜種の声までを収録された大著である。しかし、これは蒲谷の膨大なコレクションの中の一部で、まだ海外の野鳥など未収録の音源が多数あるのには驚かされる。
 蒲谷の録音をよく聞くと、他の本源と違うことがわかる。それは、他の音がバックに必ず入っていることだ。NHKサービスセンターのものは、スタジオで収録したのではないかと思われるほど、他の鳥の声や自然の音が入っていないクリアなものが多い。このほうが、番組の効果音で使用するに便利だからだろう。
 それに比較して、蒲谷の音源には周りで鳴いている他の鳥やせせらぎの音など自然の音が入っている。たとえば、佐渡で1963年4月4日に収録したトキの声には、家で飼われているニワトリの声が遠くに聞こえる。これから、トキが人家の近くにいたことがわかる貴重な”音”になっているのだ。
 また、1960年10月25日の東京湾、千葉県行徳のマガンの群れの声。東京湾にマガンが渡来していた証拠でもあるし、今ならば車の音をはじめ人工的な音が必ず入る。しかし、波の音と風の音だけの東京湾がかつては広がっていたことが、目をつぶれば想像できる音源なのである。
 蒲谷は、野鳥が一羽だけで鳴いていることはまずないし、自然の中なのだから自然の音があるのは当たり前。自然の音を自然に録るという姿勢は、頑固なまでに貫いている。また、録音したさえずりを聞かせれば、野鳥の多くは侵入者が来たと思ってさえずり始める。しかし、蒲谷は鳴くまで待つ。自然の音へのこだわりと野鳥への思いやりからである。
 現在の録音機材の性能は、めざましいものがある。単一指向性のマイクとデジタル録音ができるDATのレコーダーがあれば、初心者でもそこそこの録音ができる。しかし、蒲谷が録音を始めた頃は電池もなく電源コードを長く引いての野外録音だった。その後は、ゼンマイ仕掛けの録音機、そして通称デンスケの発売、そして近年のDATのレコーダーまで、彼の活動は野外録音の歴史そのものである。
 しかし、機材がよくなった分、鳥の声が少なくなったと蒲谷は嘆く。たとえば、往年の軽井沢の初夏の早朝は小鳥のコーラスである。あるいは、シンフォニーとも言えるほどにぎやかだ。今では、アカハラやウグイスのソロで終わってしまうこともある。それに、自然の音ならまだしも、車の音、人声など人工的な音を避けるのが難しくなった。
 事実、観光地のラウンドスピーカーによる演歌やアナウンスの垂れ流しは一種の公害ともいえる。自然の野鳥の声を自然に録音できる場所が、今この日本からなくなりつつある現実を蒲谷の音源を聞くたびに実感してしまう。
[1996年12月31日・起稿、雑誌「シンラ」(新潮社)1997年3月号掲載]


日光でバードウォッチングを
楽しまれたときの一コマ

注1:2006年6月まで蒲谷先生が担当し、14,000回を超えた。2006年7月以降は、松田道生が引き継いでいる。

注2:『日本野鳥大鑑鳴き声333』上下巻は、2000年に増補の上、合本し『日本野鳥大鑑増補版鳴き声420』として発売されいている。