鳥の声が聞こえない!



はじめに
 以前、デジスコドットコムのデジスコ通信(メールマガジン)に「ヤブサメは若いうちに聞け」と題し、歳をとると高い音が聞こえなくなる話を書いたことがあります。その後、日本鳥学会の鳥学通信にも、ほぼ同じ内容で投稿しました。
 おもしろかったのは、写真を撮る人が中心のデジスコ通信では反応はまったくなかったのに、鳥学通信では引用されブログに取り上げられたり、メールでの問い合わせや学会では多くの方から質問を受けました。メールマガジンと紙媒体という違いはあるものの、「鳥学通信」の発行部数は約半分でした。研究者にとっては、「歳取ったら耳が聞こえなくなる」ということが、とても深刻な問題であることがわかります。
 加齢により耳が遠くなるのは自然の摂理です。話しかけられても気が付かなかったり、テレビの音を大きくしないと聞こえづらくなることで気がつきます。しかし、普段聞くことのない高い音域の鳥の声が聞こえなっているのには、なかなか気づくことができません。高音で鳴く野鳥の声が聞こえなくなっているの気がつかないまま、バードウォッチングを続けたり調査をしていたら、データに信頼を持てなくなってしまいます。ここでは、どんな鳥の声が聞こえなくなるのか、解説していきたいと思います。

ヒトが聞こえる音域と仕組み
 ヒトの聴覚は20〜20,000Hzの音域を聞くことができると言われています。Hzはヘルツ、1秒間に何回、振動しているかの数字です。数字が多いほど、細かい振動で高い音になります。20,000Hzまで聞こえると言っても、これはそうとう耳の良い若い人の聴力で、成人では10,000Hzが良いところです。ちなみに、モスキートノイズ(蚊の羽音のような音)で若者を追い払う音が、およそ17,000Hzです。
 では、なぜ加齢により耳が聞こえなくなるのでしょう。私は、歳を取ると鼓膜が堅くなるからだと思っていました。ところが、調べてみると鼓膜ではなく蝸牛管の問題でした。蝸牛管は、カタツムリのような形をしていて管の中に繊毛が生え、リンパ液で満たされています。鼓膜で感じた振動をリンパ液が揺れることで繊毛を動かし、脳に電気信号として伝えます。この繊毛の生えている場所が、高い音、低い音を感じています。高い音を感じる部分は、蝸牛管の入り口に近い繊毛が感じるのですが、入り口付近は、高い音であろうと低い音であろうと、絶えずさらされ消耗します。そのため、高い音から聞こえなくなります。ですから、加齢ばかりではなく、大きな音にさらされていれば若い人でも聞こえづらくなります。

鳥の声の音域
 私たちの話し声は、普通は300〜600Hzに音の中心があります。高い歌声でも1,000Hz以下、ただし倍音は2,000Hzまで伸びていることがあります。
 では、鳥の鳴く高さはどのくらいでしょうか。ウグイスの「ホー」は、L型で900Hz前後、H型で1,800Hz前後です。「ケキョ」は、1,000〜5,000Hzの間での抑揚となります。低めのオオルリのさえずりは2,500〜5,500Hz、高めのミソサザイのさえずりは3,500〜9,000Hzの間に広くあります。
 高い声で鳴くヤブサメは、だいたい7,500〜9,500Hzの間に音があり、多少尻上がりに鳴いています。録音していると、ヤブサメ以上の高い音が入ることがあります。だいたい10,000Hzにある短い声です。増幅すると「チッ」や「チーッ」と聞こえます。前後では、シジュウカラなどのカラ類の声が入っていることがあり、シジュウカラの地鳴きのひとつだと思います。


[図1 ヤブサメのさえずりの声紋 天地が0〜10,000Hz、左右が2.0秒]

低い音では、サンカノゴイが100〜300Hz前後、ヤマドリの母衣打ちは50〜150Hzでおそらくもっとも低い音です。いずれにしても、鳥の声(音)は人間が聞こえると言われている音域20〜20,000Hzに間に収まります。ですから、鳥の声の領域と私たち人が聞こえる音域は同じであり、普通であれば聞こえることになります。


[図2 サンカノゴイのさえずりの声紋 天地が0〜300Hz、左右が2.0秒]

 ところが、加齢により高い音が聞こえなくなると支障をきたす鳥がいます。ここでは、代表的な鳥の名前と、おおよその音の高さを示します。

■高い声でさえずるおもな鳥(全体に高い順)
 ヤブサメ 7,500〜9,500Hz
 キクイタダキ  4,000〜9,000Hz
 イイジマムシクイ  5,000〜8,500Hz
 エゾライチョウ  6,500〜8,000Hz
 キバシリ 4,000〜8,000Hz
 アマツバメ 5,500〜7,500Hz(高い要素の部分)
 コサメビタキ 3,000〜1,100Hz
 サメビタキ 3,000〜9,000Hz
 マキノセンニュウ  5,500〜8,000Hz
 シジュウカラ 3,000〜7,000Hz

■高い声の地鳴きの鳥(全体に高い順)
 アオジ  7,500〜10,000Hz
 クロジ 7,500〜10,000Hz
 エナガ 「チーチーチ」は6,000〜7,500Hz、「ジュリリ」は3,000〜9,000Hz
 カシラダカ  6,000〜9,500Hz
 ヒガラ 4,000〜8,500Hz
 キレンジャク  5,000〜7,500Hz
 ハシブトガラ 4,000〜7,500Hz
 コゲラ 5,000〜7,000Hz
 カワセミ  5,000〜6,500Hz 
 ヒレンジャク  4,500〜6,000Hz

■低い声で鳴く、あるいは音を出す鳥(低い順)
 ヤマドリ母衣打ち 50〜150Hz
 オオコノハズク 100〜300Hz
 サンカノゴイ 100〜300Hz
 シマフクロウ 150〜350Hz
 ツツドリ  300〜500Hz
 ミゾゴイ 300〜500Hz
 フクロウ  300〜600Hz

 私の音源から声紋表示させ、読み取った数値です。鳥の声には個体差がありますので、おおよその目安の数字となります。なお、高いコサメビタキのさえずりは10,000Hzを越える要素もありますが、低い要素もあります。ただ、ヤブサメは全体に高い音で鳴き続けますので、高齢者泣かせのさえずりと言えるでしょう。ちなみに、カセットテープではヤブサメの声が高すぎて録音できませんでした。
 意外に思われるかもしれませんが、コゲラの「ギーッ」も聞きづらくなる声です。濁っているために低い音の印象がありますが、音の中心は5,000〜7,000Hzにあり高い音で鳴いています。


[図3 コゲラの声紋 天地が0〜10,000Hz、左右が2秒]

 高音から低音まで幅広く鳴く鳥が多くいます。そのため、高い音が聞こえなくなっても低い音域は十分聞こえるので、耳が悪くなっていることに気が付きません。若い頃からバードウォッチングしていて鳥の鳴き声に敏感な方は、低い要素だけが聞こえるようになり、昔とは違って聞こえることに気がつくかもしれません。たとえば、アオジの地鳴きの「チッ」の音は7,500〜10,000Hzにおよびます。その音の幅は、数千Hzです。高い音まで聞こえた若い頃には、金属的な音で「チッ」や「ツッ」と聞こえたものが、低い音の要素だけが聞こえて「ズッ」と聞こえるようになります。


[図4 アオジ地鳴きの声紋 天地が0〜20,000Hz、左右が2秒]

耳が悪くなっているかのチェック
  私自身、初夏の野山を歩けば、ウグイスやカッコウのさえずりが聞こえ遠くで鳴くクロツグミやオオルリに気がついて姿を見つけることができます。ヨシ原ならば、オオヨシキリのさえずりをうるさいと思い、遠くで鳴くヨシゴイのさえずりが聞こえます。野鳥の鳴き声や録音に関わらなければ、耳の悪くなったことに気がつかず、バードウォッチングをそのまま楽しんでいたことでしょう。
 鳥以外での耳の検査は、人間ドックのメニューに聴力検査があれば、それでチェックしてもらえば良いでしょう。私が受けている病院の検査では、4,000Hzと1,000Hzの高さの音が、音の大きさが30db未満で聞こえれば合格です。それを越えると「*」マークが付きます。私の場合、4,000Hzが55dbでマークは付きますが、1,000HzはOKです。ただ、高音でもマークが付くと悪くなっているということで要注意となります。
 身近にある高音といえば、電子体温計の警告音があります。わが家の電子体温計の音は、基音が4,500Hzあたりにあって倍音が9,000Hzと13,000Hzにうっすらとありました。高齢者も使うことが多いと思うのですが、意外と高音で鳥に例えるならばヒレンジャク並みです。その上、音も小さく脇の下に入れて洋服越しに鳴るとさらに聞こえづらくなります。もし、体温計の音が聞こえなくなったら、耳が悪くなっているかもしれません。
 いちばん良いのは、若い人と野山を歩くことです。ここに挙げた鳥の声が自分だけ聞こえなくなっていれば症状が出ていることになります。私自身、50歳の時に40歳の人と歩いていたら、自分だけヤブサメのさえずりが聞こえないことに気が付きました。
 季節によっては、虫の声でチェックもできます。クビキリギリスは10,000Hz〜15,000Hzというかなりの高音で鳴いています。これも若い人といっしょに歩いている時に彼には聞こえているのに、私には聞こえていないことがわかりました。このほか、ハヤシノウマオイが「スーィ」の部分が4,000〜20,000Hz、「チョン」の部分が1,000〜10,000Hzあります。そのため、私が耳が悪くなり始めの頃は「スーィ」は聞こえても、「チョン」が聞こえないということになります。
 この他、コンピュータでいろいろな高さの音を聞くことができるサイトがあります。たとえば、下記です。
 http://sound.jp/musicyou/index.html
 ただし試すのには、高い音が出るスピーカーがつながっていることが条件です。また、ボリュームが大きかったり、スピーカーのそばであれば聞こえることになります。できたら、若い人といっしょに聞いて、ボリュームを下げても聞こえるかどうか、チェックすることをおすすめします。
 診察を受けた医師には、耳鳴りもすることを伝えました。医師によると難聴と耳鳴りは、同時進行で起きることが多いとのことでした。耳鳴りを抑える薬があるとのことでしたが、薬を飲めば高音が聞こえるようになるわけでないとのことでしたので、薬は辞退しました。耳鳴りがひどくなったら高音が聞きづらくなっている可能性がありますので、チェックをするというのはありだと思います。

いつから聞こえなくなるのか
 私は50歳で、高い音が聞こえないことに気が付きました。おそらく、その1,2年前から症状はでていたのだと思います。現在67歳になりましたが、日常会話に支障はありませんし、TVのボリュームも皆といっしょで大丈夫です。カミさんは63歳ですが、彼女にはアオジの地鳴きなどは聞こえてるので、私にいることを教えてくれます。カミさんは、10,000Hz近くまで大丈夫そうです。
 六義園の鳥仲間のK藤♂さんは私より2,3歳上ですが、アオジ、コゲラの声が聞こえて教えてくれます。同じくK久保♀さんは、私より2,3歳下ですが、コゲラの声が聞こえます。ただ、北海道では低いエゾフクロウの声が聞こえず、高いエゾライチョウの声が聞こえました。彼女は、高い音は聞こえるけど低い音が聞こえないタイプの人です。
 このように人によって、いつからどの程度悪くなるかというのは千差万別、個体差が激しいと思います。ですから、若いからと言っても安心できませんし、逆に歳を取っても聞こえる人は聞こえます。

 聞こえないための問題
 鳴き声が聞こえないために、野鳥を発見することができないのがいちばん困ります。初夏の森林では、鳴き声からの発見が大きなウエイトを占めます。その一部がなくなるわけですから、野鳥の出会いが減ってしまいます。せっかくのバードウォッチングを楽しめない可能性があります。
 とくにベテランであればあるほど高齢であり、指導的な立場にあることでしょう。最初に鳥を鳴き声から見つけて教えなくてはなりませんが、それができません。また、参加者から「今、鳴いている鳥は?」と聞かれても答えられないのも困ります。
 調査や研究という立場で鳥と関わっている方にとっては、調査の精度から研究データの信頼性に関わる問題です。それだけに、早めに自分の聴力の現状を把握しておいて、少しでも早く対処するようにすべきでしょう。
 私自身で言えば、聞こえないと”気が入らない”のが問題だと思っています。耳の良い同行者から「こんな声が聞こえる」と教えられても、探す努力や録音する努力に今ひとつ力が入らないのです。そのため、後で貴重な鳥であっても、録音時間が短かったり、ボリュームが低かったり、あるいは自分の立てるノイズが盛大に入っていることがあります。もし、聞こえていれば少しでも大きく録ろうと努力しますし、音を立てないように最大限の注意を払います。そうした気遣いがなくなってしまうことがあります。野鳥録音家にとっては、これがいちばん深刻な問題となります。

聞こえることもある
 高齢者の方のなかには、「自分にはまだヤブサメの声が聞こえる」と豪語される方がいるかもしれません。実は、私も聞こえることがあります。
 音は、距離が近ければ聞こえてしまうものなのです。たとえば、20mと10mでは、音のエネルギーは4倍も異なります。10mでは20mの4倍大きく聞こえ、その逆では4分に1小さくなってしまいます。ですから、ヤブサメが近くで鳴いてくれれば聞こえてしまうのです。そのため、まだ聞こえると安心するのは早計、実は症状が進んでいるかもしれません。
 人は、音を「耳」で聞いているのではなく、「脳」で聞いている要素が多分にあります。ですから、その人の経験と知識も聞こえるかどうかに大きく影響します。たとえば、ベテランの人が夜の山で「ホッホ」という声を聞けばフクロウだとわかり、次に「ゴロスケ、ホーホー」鳴くに違いない、予測して思い耳を澄まします。そのため、遠くても聞こえてしまいます。聴力を能力が補っていることになります。
 ですから、聞こえると言って症状が出ていないとは限りません。

聞くためにはどうしたら良いか
 聴力の衰えは、私は仕事に差しさわりがあるので、専門医に相談したことがあります。しかし、日常生活に問題がないのですから「自然の摂理ですから、しょうがないですね」で終わり、なんの処置もしてくれませんでした。まあ「歳を取ったのだから、あきらめなさい」ということだと思います。
 今のところ、薬やサプリでどうなるものではありません。とにかく、生活には関係ないですし、高い音が聞こえなくなって困るのは一部のバードウォッチャーぐらいですから、そんな狭い市場のために新薬が開発されるとは思えません。
 機材で補うことも考えられます。補聴器も一案です。補聴器は、基本的には人の声を聞くためのものですからフォローしている音域は低めで、200Hz〜5,000Hzの音域が補強してくれます。また、耳に入れるタイプの補聴器は、それぞれ耳洞の形が違うので基本オーダーメイドです。そのため、価格も10万円を超えてくるので躊躇します。
 録音機でフォローということを考えてみましょう。私が最初にヤブサメが鳴いているのが聞こえなかったとき、ちょうど録音機を持っていました。マイクを向けるとヤブサメの声がはっきりと聞こえました。マイクを通して音が増幅され、聞き取ることができたのです。


[図5 ICレコーダーのかずかず]

 録音機は、いわゆるICレコーダーでじゅうぶんです。PCM録音が可能で、48kHz/16bit録音ができる機種であれば鳥の声の音域をカバーしています。加えて、バッテリーが20時間以上持ち、メモリカードをいれることで16G以上増強できれば、1日24時間の放置録音ができますので夜の鳥の調査に使えます。さらに、タイマー設定ができるとより便利です。
 調査であれば長時間置いて録音、またはタイマーで日の出前後と日没前後の時間帯を2,3時間ずつ録音してチェックすることでフォローできると思います。また、手で持って歩き、ポイント毎に数10分、補聴器代わりに聞くことも一つの方法だと思います。小型のものであれば帽子や胸のポケット入れて、イヤーフォンで聞けば良いでしょう。
 機能を生かし、ケースバイケースで工夫をしていただければと思います。

若い人と高齢者に
 私が20歳台の頃、大先輩のバードウォッチャーから「歳を取るとヤブサメの声が聞こえなくなる」と聞かされ、そのときは「へえ、そんなこともあるんだ」程度にしか思いませんでした。しかし、実際に歳を取ってみると、ヤブサメの声が聞こえなくなり、ついにアオジの地鳴きも聞こえなくなると、切実な問題となりました。野鳥録音に支障をきたしますし、センサス調査ではいつの間にか、アオジの地鳴きでの記録がなくなっています。若い人には、今のうちに楽しめということと、運良く長生きして歳を取るといつか通る道であることを知っておいてほしいと思います。
 また、高齢者には次のエピソードをご紹介します。『野鳥大鑑 鳴き声420』(小学館・2001)の制作に関わったときの話です。発売後しばらくして、編集部にCDにヤブサメのさえずりが入っていないというクレームがあったそうです。最初は編集者の冗談かと思いましたが、ほんとうで高齢者からのクレームでした。人の声やテレビの音が聞こえなくなれば気が付くと思いますが、普段の生活に関係のない鳥の声が聞こえないことにはなかなか気が付きません。このクレーマーのように、恥ずかしい思いをする前に自身の聴力を把握しておくことをおすすめします。
 私の耳が良かった頃、ある日の六義園のセンサス調査では70%近くが鳴き声による発見でした。当然、耳が悪くなれば野鳥との出会いが減ることになります。どうぞ皆さん、耳を大切にして末永く野鳥との出会いを楽しんでいただければと思います。



参考サイト
デジスコドットコム「デジスコ通信」
http://www.digisco.com/mm/dt_30/toku3.htm
日本鳥学会「鳥学通信」
http://ornithology.jp/osj/japanese/katsudo/Letter/no25/OL25.html#02

(2017年4月24日・アップ)