バイノーラルで野鳥録音
 
1.バイノーラル録音とは
  今では簡単なICレコーダーでさえ、ステレオ録音が当たり前になりました。しかし、1960年代のビートルズのレコードはモノラルでした。ステレオ録音が一般的になったのは、ついこの間のことなのです。
 ステレオの魅力は、立体感を得ることからより自然な感じになることでしょう。森林の鳥のコーラスならば、森のなかにいるように感じることができます。ただ、ヘッドフォーンで聞くと中心の音が、頭の上から聞こえて来ることがあります。また、いまいち立体的に感じないことがあります。ステレオマイクやメモリー録音機についているマイクは、2本が左右に向けて数cmの間隔しかありません。人の左右の耳は、もっと離れて付いています。これ以外にもいろいろ違いはありますが、まずは音を受けるマイクと耳の位置が違うのですから、ふだん聞いているように聞こえないという差があるわけです。これを人が聞いているように録音すれば、同じように聞こえるのではないかと言うのが、バイノーラル録音です。人は、音を耳ではなく最終的には脳で聞いているため、自ずから限界はあると思いますが、工夫次第でかなり近づけることができます。
 また、iPhone やiPadなどの音楽デバイスは、基本イヤーフォンで聞きます。そもそも音の出てくる位置そのものが耳の位置です。同じ位置にあるマイクで録音すれば、よりリアルな立体感のある音を楽しめます。ですから、これらのディバイスのソースにバイノーラル録音した音源は最適です。
 詳しくは、”バイノーラル録音、立体音響、ダミーヘッドによる録音”などのキーワードで検索すると、いろいろな方がチャレンジしていますので、お調べください。
 バイノーラル録音の存在を始めに教えてくれたのは、日光の録音仲間のkokekokkoさん、そして同じく録音仲間のTさんもはじめられ、とても良い音を録音されて羨ましがらせてくれました。それに、なにより作るところから録音まで、とても楽しそうなのです。ということで、私も私なりにバイノーラル録音にチャレンジしました。

 2.ダミーヘッドを作る
 バイノーラル録音は、マイク+ダミーヘッド+録音機から成り立ちます。売られているバイノーラル・マイクの多くは、イヤーフォンにマイクが付いたタイプです。これは、自分の頭でマイクの位置を作り同時にモニターしながら録音するという仕組みです。これはとても簡単なのですが、身体を動かせばその音が入ってしまいます。自然のなかで、長時間じっとしてなくてはならない野鳥録音では難しいことです。そこで、自分の頭のかわりのダミーヘッドにマイクを付けて録音するという発想があります。バイノーラル録音用のダミーヘッドが売られているのですが、外国製で5,60万円、日本製の簡単なものでも10万円以上します。それならば作ってしまえと言うのが、まず楽しみの一つです。
 ダミーヘッドでまず思いつくのがマネキンの頭、美容院のカット練習用の頭=ウィッグです。行きつけの美容院にきいたところ「処分に困っている、引き取ってもらえるならうれしい」とのこと、kokekokkoさん、Tさん、そして私のために3体をいただきました。
Tさんが見つけてくれた針治療の練習用の耳の模型
 ウィッグの問題は、申しわけ程度に耳が付いていることで、このままでは耳たぶのようをなさないことです。バイノーラル録音のポイントのひとつは耳なのです。
 私の耳たぶはダンボのように左右に出ています。この耳たぶを後ろに寝かすと音の感じが変わります。また、試しに遠くの音を聞くときのように両手のひらを耳に当てて聞いてみてください。音の聞こえ方が、ずいぶん違ってくるはずです。耳たぶの形、角度によって音は変わるのです。人が聞くように録音するためには、耳たぶが必要なのです。そこで、TさんがWebサイトで見つけてきたのは、針治療の練習用の耳です。
 http://www.3bs.jp/model/oriental/n15-n16.htm
 ドイツ製で、左右2個の耳と針が5本付いています。価格は、8,505円します。高いだけあって、とてもリアルです。質感も人の耳のように柔らかで、さわると気持ちがよいほどです。
 次に、この耳をどうやってウィッグに取り付けるかです。kokekokkoさんは、耳の部分をくりぬき取り付けました。ちなみに、ウィッグの中は発泡スチロールなので、人の頭と同じ密度、重さにするために砂を詰めています。そして、その中にマイクコードを通し、あたかも耳道の奥に鼓膜があるかのようにマイクを仕込んでいます。
 次は、マイクです。私の場合は、Primoのバイノーラル・マイクと銘打ったEM4201を使用、秋葉原のトモカ電気で購入いたしました。EM4201のメーカーURLです。
 http://primocorp.co.jp/em4201/
 EM4201は、イヤーフォンが付いていないのでスポンジ製ジャマーを付けやすい、3機種あったなかでゲインがいちばん大きい、値段が10,500円と手頃ということで選びました。このマイクは、眼鏡のツルにつけるか付属の耳にかける器具に付け、人の耳の位置と間隔をとる仕組みになっています。
 野鳥録音は、マイクに指向性がないとうまく録れません。EM4201は無指向性ですので、鳥が遠い、あるいは声量が低いと、より音量が低くなってしまうはずです。しかし、10m程度先で鳴いている大きな声のヒヨドリなどであれば、けっこう大きく録れることがわかりました。また、高音までしっかりと、把握していると感じました。
  kokekokkoさんのダミーヘッド制作では、ドリルや充填剤など、いろいろな機具や機材を使っています。しかし、我が家にはろくな工具や材料がありません。最低限必要なものとして、隙間を詰めるための紙粘土、穴を開けて削るための金属製棒ヤスリ、マジックテープ、瞬間接着剤を購入しました。
 バイノーラル録音は、あくまでも人が聞くように録るです。そのため、ダミーヘッドも人と同じ高さに設置できるようにしなくてはなりません。木の枝にぶら下げたり、岩の上に置いても良いのですが、首つりかさらし首のように見えて美しくありません。そのため、カメラ用の三脚に付ける工夫が必要となります。ちょうどウィッグの下に開いている穴が、トモカ電気で買ったカメラ三脚用とマイク用の変換アダプターが入りました。穴が深く緩めだったので奥に紙粘土を詰め、瞬間接着剤を周囲に充填し固定。これで、三脚に取り付けられます。

ウィッグの底の穴を利用して三脚に付ける工夫をします。

紙粘土を詰めて、変換アダプターを装着します。
 つぎに肝心のマイクの設置です。私の場合、ウィッグはマイクの間隔を保つためのものと割り切り、イケメンの顔をそこねないように作ろうと考えました。このウィッグには、すでに月之座さんから松田亭志ん鳥と名前をいただいておりますから、なおさらです。そこで、古くなったヘッドフォーンにマイクを仕込み、それに耳を付け、そのままウィッグに設置することにしました。また、この耳付きのマイクを仕込んだヘッドフォーンだけでも、頭の代わりになるものに付ければバイノーラル録音が可能です。たとえば、粟島ではサッカーボールくらいの浮子が置いてあったので、これにかけて録音してみました。
 マイクを仕込んだヘッドフォーンは、オーディオテクニカのATH-PRO6MSです。もう、15年以上前に購入したもので、耳に当たるスポンジはボロボロになっています。これならば、壊しても惜しくありません。まず、中身を抜きマイクが通る穴を開けます。kokekokkoさんは、密度を高めるためにダミーヘッドに砂を詰めましたが、せめてマイクが入っているヘッドフォーンの密度をあげるために紙粘土を詰めました。次に、マイクを入れマイクを出すために穴をヘッドフォーンに空けました。ところが、ヘッドフォーンのプラスチックがとても堅くて苦労しました。ドリルや錐があれば簡単なのですが、小刀、彫刻刀で少しずつ穴を開けました。
 つぎに耳をヘッドフォーンに付ける方法です。予定では、マジックテープで付け、取り外し可にしようとしたのです。ところが、テープの粘着面が耳のシリコンと相性が悪く、まったく効きません。突き出したマイクによって耳はかろうじて付きますが、いかんせん見た目が悪いのです。このさい、見た目をあきらめて、ネジで3ヶ所止めて固定いたしました。

耳に彫刻刀で、マイクを出す穴を空けます。

マイクが通るか確かめているところです。
 
耳とマイクを付けるヘッドフォーンを分解、まずコードをカット。

ヘッドフォーンの中身を出して空にします。
 
コードが出るところが、ちょうどマイクを入れるのに都合がよさそうです。

穴が小さいので、棒ヤスリで穴を大きくしました。
 
マイクが出し入れできるか、穴の大きさを確認しました。
裏側から見たところです。

空間があると響いたり振動するので、紙粘土を詰めました。

全部、紙粘土を詰めたところです。
 
 いちおう蓋をして、元通りの状態しています。

耳は、2ヶ所ネジで留めています。

耳をヘッドフォーンに付けて、マイクの頭にスポンジを付けています。

耳、マイク付きのヘッドフォーンをウィッグに装着したところです。
  これで、バイノーラル・マイクが付いたダミーヘッドが完成いたしました。ところで録音機は、ミニプラグの端子が合えばOKと思っていたのですが、マイクのEM4201はプラグインパワー。電気を供給できる録音機が必要でした。たとえば、ソニーのPCM-D1では電源ボックスを間に入れなくては使用できません。そのため、PCM-D1は除外、そのほかに持っている録音機はおおむね使用できそうです。ただ、ウィッグとヘッドフォーンでかなりかさばるので、録音機は少しでも軽量小型なものにしたくて、YAMAHAのW24にしました。これで、早朝のタイマー録音も可能です。
 バイノーラル録音のためのメモリー録音機はとくに思い浮かびませんが、マイクアンプが良ければより良い音に録音できることくらいでしょう。このほか、プラグインパワーが可能、中にはメニューで設定しなくてはならない機種もありますので、マニュアルで確認してください。あとは、お好みで小型軽量、バッテリーの持ち、操作のしやすさなどから使い馴れた機種を使用すればよろしいかと思います。

3.バイノーラル録音の実際
  ダミーヘッドを用いてのバイノーラル録音の問題は、見た目が悪いこと。そのため、どこででも録音できるというものではありません。森のなかに、ウィッグが置いてあるのをみたら誰だってドキッとします。干潟のような見通しのきく環境では、どうしても目に付きます。悪いことをしているのではないので堂々とやれば良いのですが、いちいち説明するのが面倒です。そのため、人の来ない所、貸し切り状態でできる環境を探すのに苦労します。また、ウィッグと耳付きのヘッドフォーン、マイクのセットは、それだけでもかなりのボリュームと重さになります。これに三脚、メモリー録音機を持って、山登りはきついです。また、遠出の旅行では旅装がかさばります。
 そのため、ホームグラウンドのようにいつでも行けて状況の解っている環境でないとやりづらいのです。私の場合、おもに栃木県日光の山のなかで行いました。
 ステレオ録音で、いちばんの心配は中抜けでした。中抜けとは、左右の音がただバラバラに聞こえるだけで、中心から音が聞こえてこない感じになることです。ステレオマイクやメモリー録音機に付いている内蔵マイクでは調整されているので中抜けすることはありませんが、ダミーヘッドを用いてのバイノーラル録音ではもっとも注意するところだと思います。現状では、すぽっという感じでの中抜けの感じはありませんでした。ただ、中心に音がなく左右に大きな音源があり、さらにバックグラウンドも静かだと、ただ左右から音が聞こえてくるだけで立体感のない音に聞こえることがありました。このように、ロケーションしだいなところがあります。
 たとえば、オーケストラや芝居を録音するのであれば、リハーサルをしてダミーヘッドの位置はもとより音源の位置を動かすことができます。しかし、自然のなかでは、こちらの都合の良いところで鳥が鳴いてくれるとは限りません。また、都合の良い位置に移動しようと、ダミーヘッドを持ってウロウロするのは、鳥を追い払うようなものでしょう。
 当たり前のことですが、もしメインの鳥が1羽でマイクの正面で鳴いているだけで、バックの音がなければ、ステレオ録音の意味はあまりありません。良い感じになるのは、鳥が鳴きながら移動してくれたり、左右で鳴き合ってくれるととても臨場感のある雰囲気になり、これぞバイノーラル録音という音が録れます。
 心配したのは、ダミーヘッドが案山子と同じような効果を発揮して鳥が近寄らないのではないかと思いました。タイマー録音のときは、念のためにニット帽でウィッグの目を隠しました。ところが、実際に録音してみると、まったく警戒しているようすはありません。録音機のみのタイマー録音と同じくらいの近さ、私がいるよりもずっと近くまで鳥はやって来て鳴いてくれました。また、カケスやヒガラなどはウィッグに興味を持ったのか、近くまでやって来て鳴き、羽音も入っていました。さらに、ピークオーバーになりデジタルリミッターが効いてしまうほど、大きな声で入っていることもありました。これは、ほんの2,3m先で鳴いていることになります。手持ちの録音では、あり得ない鳥の近さです。鳥たちにとっては、動かなければ警戒心を呼び起こすことはないのでしょう。
 ただ、はじめはウィッグを置く場所や位置、録音ボリュームの調整など実際にモニターして、どのように置けばどのように聞こえるか、何度か実験する必要があります。鳥の種類、環境や季節によっても異なると思いますので、いろいろ試してみてから、放置録音ないしタイマー録音の段階に移行してください。
 現状では、タイマー録音や長時間録音を駆使し、多くのサンプルの中から良い所を抽出する方法が無難なように思います。もちろん、設置する場所や時期については、しっかりとした下調べをしておき、経験と知識による判断が必要とされます。
 バイノーラル録音は、作って録るという楽しみが味わえます。私の”楽しくなければ野鳥録音でない”というコンセプトにぴったりの方法です。また、音にこだわれば、いろいろ工夫をする余地がたくさんあります。音にうるさい人はうるさいなりに凝ることができます。それだけに、音を知るためには良い経験を積むことができる方法だと思いました。
 録音をしていて思うのは、新しい機材がどんどん出て来ること、編集ソフトも同じです。今までできなかったことが、簡単にそれも安くできるようになっていきます。私自身、多くの方から情報をいただき、新しい試みを楽しんでいます。バイノーラル録音もそうした流れのなかで教えていただき、試しました。今のところ、新しいものに飛びつく習性が幸いして、いろいろ楽しめています。この世界、次はどんな展開をして行くのか予断をゆるせません。
 まずは、バイノーラル録音を楽しんでください。
[起稿:2013年2月3日]

耳付き、マイク付きのウィッグ。マイクのコードが下から出ています。
 目は警戒されるといけないので、ニット帽で隠しています。
  ダミーヘッドの作り方についてはkokekokkoさんのサイト、下記のURLが詳しいのでぜひご覧ください。サンプル音源も聞くことができます。
http://nikkotoday.com/sounds/binaural/index.html

 4.サンプル音源
 上記の組み合わせで録音しています。録音時のサンプリング周波数は、48kHz/16bitです。それをそのまま、30秒を切り出し、低音のノイズの軽減、ボリュームの調整、ノイズリダクションを軽くかけています。

アカゲラのドラミング
収録年月日:2012年4月8日
収録場所:栃木県日光市霧降高原
録音メモ:谷の両側で、アカゲラがドラミング合戦をしている音です。近いドラミングでも50m以上は離れています。


ウグイス
収録年月日:2012年4月25日
収録場所:栃木県日光市稲荷川流域
録音メモ:ウグイスが、やや右で鳴いています。後ろでは、キビタキもさえずっています。


ヒガラとオオルリ
収録年月日:2012年4月25日
収録場所:栃木県日光市稲荷川流域
録音メモ:右手前でヒガラ、左奥でオオルリがさえずり、左奥でカケスが変わった声を出しています。


 クロツグミ
収録年月日:2012年5月21日
収録場所:栃木県日光市稲荷川流域
録音メモ:右でさえずっていたクロツグミが左へ移動をし、鳴き始めるのがわかると思います。
 

 コーラス
収録年月日:2012年5月6日
収録場所:栃木県日光市稲荷川流域
録音メモ:ウグイス、キビタキ、アカハラ、ヒガラのさえずり、ホオジロの地鳴きが聞こえます。
 

 フクロウ
収録年月日:2012年5月6日
収録場所:栃木県日光市稲荷川流域
録音メモ:右で鳴いていた雄が左に移動し、さらに左から雌がやって来て、鳴き合っています。
 

ウグイス−W24との比較
収録年月日:2012年4月25日
収録場所:栃木県日光市稲荷川流域
録音メモ:ダミーヘッドとその横に置いたW24で同時に録音してみました。ウグイスのさえずりを切り出しています。W24のボリュームが比較して低いのでアップしていますが、フェードイン、フェードアウト以外の加工はしていません。「ゴーッ」というグランドノイズ、ウグイスの声をより右から聞こえるなどの違いがあります。
Binoral録音


W24のみ


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